声優として活躍されていた篠原恵美さん。
2024年9月8日に61歳の若さで亡くなりました。
篠原恵美さんの死因はどういうものだったのでしょうか。
今回は、
【3選】篠原恵美の死因の病名は何?女性特有の病気を発症していた?
についてまとめました。
篠原恵美のプロフィール
- 名前:篠原 恵美(しのはら えみ)
- 本名:渡邉 恵美子(わたなべ えみこ)
- 生年月日:1963年8月8日
- 享年:61歳
- 出身:長野県上田市
- 職業:声優
- 事務所:81プロデュース
篠原恵美さんは、アニメや吹き替えなど、幅広い分野で活躍するベテラン声優です。
特に、アニメ『美少女戦士セーラームーン』シリーズの木野まこと(セーラージュピター)役は、多くの人々に愛されています。
最近では、落ち着いた雰囲気を生かした大人の女性役や、母親役などを多く演じていました。
アニメだけでなく、ドラマCDや舞台など、その活動の場は多岐にわたります。
篠原恵美の死去報道
2024年9月8日に亡くなられたと所属事務所の公式HPで発表。
弊社所属俳優 篠原恵美(本名 渡邉 恵美子)儀
令和6年9月8日 病気療養中のところ薬石効なく61歳にて永眠いたしました。
ここに生前中の御厚誼を深謝し、謹んでお知らせ申し上げます
https://www.81produce.co.jp/newsrelease.html
61歳の若さでした。
病気療養中だったとのことです。
突然すぎる別れに多くの悲しみの声があがっていました。
【3選】篠原恵美の死因の病名は何?
田中敦子さんの死因については、明らかにされていません。
所属事務所はこのように発表しています。
病気療養中のところ薬石効なく
(薬石効なくとは、いろいろの薬や治療法を用い、手厚い看護をしたのだが、そのかいもなく(死去してしまう)。こと)
何かしらの病気にかかっていて、それが原因だったとみて間違いないでしょう。
しかし詳しい病名については、今後も公表されることはないのかもしれません。
ここからは予測になりますが、考えられる死因の病名として3つの可能性が考えられました。
①がん
②心疾患
③婦人系の病気
ひとつずつ見ていきましょう。
①がん
1つ目は「がん」が考えられます。
厚生労働省によると、60代前半の死因の1番は悪性新生物とされています。
悪性新生物は一般的にがんの事を言います。
悪性新生物とは、一般的に「がん」のことです。
https://faq.jp-life.japanpost.jp/faq/show/8558?category_id=24&site_domain=default
日本の女性は、3人に1人ががんになると言われています。
医療は発達していますが、例えば膵臓がんなど、種類によっては未だ治りにくいものもあるようです。
もし死因が「がん」だったとすれば、「薬石効なし」と発表されている点を踏まえると、
治りにくい「がん」を患っていたり、ステージが末期に達していた可能性もあるかもしれません。
②心疾患
2つ目は、心臓に関する病気が考えられます。
「心疾患」は60代前半の死因第2位にもなっていて、年齢から考えて患っていた可能性は十分にある病気です。
心疾患の定期的な通院年数は平均6.3年とかなり長く付き合っていく必要があります。
篠原恵美さんはSNSで病気のことには触れていないようなので、いつごろから病気療養中だったのかはわかっていません。
ただ療養中だったことを考えると「心疾患」の可能性はあるかもしれませんね。
③婦人系の病気
3つ目の可能性は、婦人系の病気が考えられます。
婦人系の病気で死亡者数が多いのはこちらの3つです。
- 乳がん
- 卵巣がん
- 子宮がん
卵巣がんは、40歳代から増加し50歳代後半でピークを迎えるようです。
子宮がんのうちのひとつ子宮体がんも、50歳代以降の閉経後の女性に多いがんとされています。
女性特有の病気ということもあり、公表を控えた可能性も考えられるのではないでしょうか。
篠原恵美はいつから闘病していた?
篠原恵美さんがいつから闘病していたのかは明らかにされていません。
ただ東スポの報道でこのように綴られていました。
体調が悪化したのは1年ほど前。手足の骨折などがあり、杖をついて歩いた時期もあったようだ。
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/316295#goog_rewarded
体調が悪化したのは1年ほど前と関係者の話で分かったそうです。
2023年頃から闘病生活を送っていたのかもしれません。
このころからの彼女のSNSや仕事などから様子をみていきましょう。
2023年9月:飲み会参加
2023年9月22日にアバレンジャーに出演されていた方と飲み会に行ったことを自身のSNSに投稿していました。
前日におこなわれた上映会には行けなかったと書いていますが、
飲み会に行けるような体調だったことを考えると、
もし闘病中だったとしてもこの頃はまだ体調は良かったと考えられます。
2024年2月:投稿が再開
篠原恵美さんはSNSを頻繁に利用し、日常のことだったりを投稿することがよくありました。
しかし、2024年1月は一度も投稿をしていません。
最後の投稿から約1か月半後の2月15日に投稿した内容はこちらです。
2024年1月1日に起こった石川県能登半島地震のことで、いっぱいいっぱいな気持ちになり、SNSから離れていたという内容でした。
東スポの「体調が悪化したのは1年ほど前。」という情報から考えると、
既にこの頃は体調が悪化していた時期になるでしょう。
もしかすると、気持ちも沈んできていたところにこのようなニュースが重なったことで、さらに体調を崩していったかもしれません。
2024年5月:SNSに仕事内容の投稿が減る
2024年4月までは自身のSNSに仕事の情報を投稿していましたが、5月以降極端に減っています。
もしかすると仕事を受けることよりも闘病に専念し始めていたのかもしれません。
また東スポによると
今年春~夏にかけてさらに病状が悪化し、呼吸器を付けて車イスに乗っていました。
それでも生徒のためにレッスン場に足を運んでいましたよ。
心配する生徒に『自分の心配をしなさい』と笑顔を見せ、いつもと変わらずに背中を押し続けました
https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/316295#goog_rewarded
春から夏にかけてさらに病状が悪化したと書かれています。
さらに呼吸器をつけ車イスにも乗っていて、レッスン場にも行っていたとも記述がありました。
この頃から少しずつ病気が悪化し、車いすに乗るようになっていったのかもしれません。
2024年7月:出掛けたという投稿が減る
篠原恵美さんのSNSに6月には映画を見に行き、7月2日には都知事選の期日前投票に行ったとの投稿があります。
しかし、その後は出掛けたという投稿はありませんでした。
またSNSの投稿自体も7月6日から約1ヶ月止まっていました。
かなり病状が悪化していたのかもしれません。
久しぶりの投稿は誕生日の8月8日でした。
誕生日にメッセージをもらったことについて感謝を伝える内容です。
その中の一文に
今年ほど、周りの方の優しさに支えられ、ご縁に感謝を感じている時はありません
とあります。
「今年ほど」と書かれているということは、
2024年は闘病していたからという捉え方もできそうです。
2024年になってから体調に変化が起こっていったのではないかと考えられます。
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